部屋を巡りベトナム南北を縦断する、空間移動型ダイニング*NÔM Dining@タンディン街区

ベトナム料理

目覚ましい多様化を遂げるホーチミン市のファインダイニングシーン。フレンチやイノベーティブの手法を取り入れたレストランが次々と登場する中、ベトナムという国の歴史や風土そのものを深く掘り下げて体験させる一軒が誕生。

本記事では、ホーチミン市旧1区の「NÔM Dining」をご紹介します。

※お店より招待いただき執筆したスポンサード記事です。ありがとうございました〜!

「NÔM Dining」の場所・外観

やって来ました、ホーチミン市旧1区(現・タンディン街区)のチャンニャットズアット (Trần Nhật Duật) 通り、「NÔM Dining」。築50年の邸宅を改装した建築であり、以前は「ORYZ Saigon」というお店だったのですが、今回新たなブランドとコンセプトで再出発。外観は重厚な中国古典建築の佇まいを見せます。なお、以前ご紹介したバー「SÂM Herbal Bar」も同じ空間にあります。

待合室と漢喃壁

さて、まず通されたのが、土壁と柔らかな光に包まれた待合室。こちらの「NÔM Dining」は完全予約制であり、時間帯ごとに案内人数がコントロールされているということもあって、静けさをもって迎え入れられました。

供されたのは小鉢のお茶請け、そして温かいウェルカムティー。ガラス瓶に収められた茶葉は龍の爪のような独特の形状をした「Trà Móng Rồng(龍爪茶)」。北部・ハザン省の標高2,000メートル級の原生林から手摘みされる希少茶です。清らかな香りと穏やかな甘みで舌も心も整う。

そして手渡されたのが、日付と名前が手書きされた航空券風のチケットと「パスポート」。なになに!?と、ここで今回のコースの全体像が明かされます。

というのもこちらでは、ひとつのテーブルでコースを完結させるのではなく、料理の進展に合わせてゲスト自身が異なる部屋へと移動しながら、ベトナム全土を北から南へと縦断していく空間演出が取り入れられているというのです。ひとつのコースで3つの異なるダイニング空間と展示を巡る構成…なかなかに類を見ない試みではなかろうか。

ちなみに手渡された「パスポート」ですが、ありがたいことに日本語表記!なんとプロフェッショナルなおもてなしか。違和感のある表現もほとんど無く、コンセプトに対する解像度がぐっと上がります。

さて、準備が整うと、横の引き戸から一度外の庭園へ移動。夜風が吹き抜ける小路の壁面を埋め尽くしているのは、ハノイ近郊のバッチャン村の職人が手彫りしたという225枚のレンガからなる「漢喃壁」。

スタッフが立ち止まり、漢字をもとにベトナムの話し言葉を表記するために生まれた民族文字「チュノム」の成り立ちを語り始めます。壁面には食や暮らしに関わるチュノムからベトナム人の姓や名に込められたチュノムが刻まれており、客席への移動が文化の背景を理解する時間へと変わりましたよ。

ベトナム北部:紅河居の間

最初に案内されるのは第1の間「紅河居」。素女を描いた「ドンホー版画」や重厚な木製家具により、紅河デルタの大地に根ざした北部の暮らしが表現されています。

客席はオープンキッチンを取り囲むカウンター席で、目の前には料理で使用される食材や自家製の発酵調味料がディスプレイ。

敷紙には伝統的な手漉き紙「ゾー紙」が用いられています。

さて、この部屋で提供されるのは、北部の日常食を一口サイズのアミューズへ凝縮した3品。

真鍮の丸盆に載せられた一品目は「Canh Chua(カインチュア)」。本来は魚と野菜を煮込む酸味のあるスープなのですが、ここではトマトを練り込んだ水餃子の皮でスモークカンパチや高菜漬け、ディルを包み込んだ、全くもって予想外すぎる一品。思い切って一口で含むと、広がるのはスモークの香ばしさとディルの清涼感。「メー (Mẻ)」と呼ばれる発酵米調味料の酸味が全体をまとめ上げます。

二品目の「Cơm Rang Dưa Bò(高菜牛肉チャーハン)」は、炒飯を和牛フィレ肉のタルタル仕立てへと大胆に再解釈!しっとりとした和牛と高菜漬けの塩気に対して、周囲に纏わせた若いもち米「コム(Cốm)」のポン菓子がサクサクとした軽快な食感。これまた自家製の発酵唐辛子ソースの辛味が輪郭を引き締めます。

三品目の「Bún Ốc(ブンオック)」。ハノイ名物のタニシ麺ですが、それを冷涼なスープアミューズに変貌させています。陶器カップの底には弾力のあるツブ貝と黒麺、干し貝柱の出汁が潜み、表面を発酵酒粕酢フォームが覆っています。北部特有の、澄んだ酸味と出汁の重なりが食欲を呼び覚ましてくれました。次に提供される中部料理も俄然楽しみになってきたぞ。

地下展示空間「朝代」

さて、北部の3品を終えると席を立ち、階段を降りて中地下の展示空間「朝代」へと向かうことに。中部や南部の食を味わう前に、ここで数世紀にわたるベトナム諸王朝の歩みを復習しておきましょう。

壁面には、10世紀の呉朝から19世紀の阮朝に至る歴代王朝の国号や都の名を刻んだ石板年表が掲げられ、スタッフが歴史の変遷について解説を行います。中央に据えられているのは青銅器時代の鋳造技術を伝える「ドンソン銅鼓」であり、天面には太陽を取り囲む鳥や人々の精緻な文様が浮かび上がります。

展示台にはかつて流通していた古銭や金色の龍の印章、タンロン皇城の発掘品をモチーフにチャム族の伝統陶芸で作られた李朝時代の鳳凰頭部などが並びます。こうした歴史の厚みに触れることで、次に訪れる空間や料理への理解が深まるよう設計されているのですね。

ベトナム中部:金龍の間

展示空間を抜けて案内される第2の間「金龍」。「紅河居」の木の温もりから一転、古都フエの王宮を思わせる、朱色と金色に包まれた豪華絢爛な空間。天井にはフエの伝統木造建築「ニャーズオン」の構造を模した木組みの照明が吊るされ、客席の背もたれには宮廷雅楽の五音にちなんで名付けられた「五声宮アームチェア」が並びます。

なお、こちらでは冒頭で渡されたパスポートを立てておくための木製ホルダーが用意されています。スタッフさんも英語で料理の説明をしてくれますが、如何せん品数が多いのと、馴染みのない食材もあったりするので、横目で確認しながら料理をいただけるのは良い配慮。

この部屋から本格的なドリンクペアリングが始まります(※注文は必須ではありません)。ワインや日本酒だけでなく、コンブチャやモクテルのペアリングもあり、お酒を飲まない層にとっても魅力的な選択肢。

同行者は「MUA」のクラフトサケ、私は烏龍茶とパッションフルーツのモクテルを。

中部パートの1品目は、「Thịt Ngâm Nước Mắm(豚肉のヌクマム漬け)」。まずは食材の説明が行われるわけですが、龍が彫り込まれた陶器蓋が格好良すぎる…。

小鉢には大根ゼリーとヌクマム、唐辛子オイルを合わせたタレに薄切りの豚肩ロースが掛けられ、平皿にはイベリコ豚のすね肉と豚足、ハーブ、らっきょう漬けが重ねられています。まずは肩ロースのしっとりとした赤身の旨味を味わってから、平皿の具材を手で巻いてタレに浸します。豚足のコラーゲンの弾力にドクダミや紫蘇の強い香気、そして小海老の塩辛「マムトムチュア」の熟成したコクが重なり、郷土の味が口いっぱいに広がる。

続く「Cơm Hến(コムヘン)」はフエの庶民的なシジミご飯ですが、それを鮑とともに再構築。金龍の大鉢には、酢飯を中心にシジミピューレやスターフルーツ、バナナのつぼみ、ズイキ、豚皮フライが盛り付けられ、スタッフがテーブルサイドでかき混ぜて小椀に取り分けてくれます。

翡翠鮑の滑らかな食感に、サクサクの豚皮や酸味のある野菜の食感が合わさり心地よい。白蝶貝のスプーンで特製サテを加えると辛味・甘みが一段と深まります。最後に急須から注がれるシジミと干し貝柱の出汁スープを啜れば、幾重にも重なる海の滋味が身体に染み渡る。

麺料理の「Mì Quảng(ミークアン)」ですが、まさかの米麺を使わず薄切りのイカを麺に見立てるという大胆すぎる解釈。深鉢には、低温調理したカエル脚肉にカリカリ鶏皮、海老真薯を重ねてキャラメリゼした肉のプレッセが据えられ、周囲に海老出汁の白いフォームが注がれます。

まずはサイドの小皿に盛られた半熟のうずら卵と甘エビのジュレを一口で味わって、ハーブとせんべいを深鉢へ移して混ぜ合わせます。イカ麺の弾力に肉の旨味と出汁が絡み、チリジャムを加えることで活気ある味わいが完成。

これまた麺料理の「Bánh Canh Cá(バインカインカー)」。贅沢にもキャビアを乗せた魚のすり身焼きの前菜と、炭火で皮目を炙った銀だらにタピオカ太麺&ホワイトアスパラを合わせた深鉢の二段構えで供されます。

熱々どろりとした魚出汁スープが注ぎ入れられると、銀だらの甘みと出汁の深みが溶け合い、なんとも上品な魚うどんの姿が現れたのでした。

中部を締め括りは「Trà Hoa Cúc & Tổ Yến(菊花茶とツバメの巣のデザート)」。まずはツバメの巣が提示され、素材への敬意が示されます。白い小カップの中では梨のソルベとツバメの巣に菊花茶のフォームが重ねられ、ナツメシロップが注がれます。菊花茶の涼やかな苦味と梨の瑞々しい甘酸っぱさが、濃厚な料理が続いた口内を清らかにリセットしてくれます。

ベトナム南部:陸省豐饒の間

階段を上がり、最終目的地となる3階のフロアへ。回廊の棚には伝統的な陶磁器が並びます。

木製額には鮮やかな朱色で「陸省豐饒」と刻まれていました。かつての南圻六省を指すこの空間は、メコンデルタの肥沃な大地と豊かな産物を表現した場所。格式高い中部の王宮からサイゴンの邸宅へ招かれたような感覚です。

ここから始まる南部料理は、中部までの澄んだ出汁や繊細な酸味から一変。砂糖、ココナッツ、豚の脂が前面に出る力強く甘やかな味わいへと舵を切ります。

幕開けとなる「Bún Riêu Cua(ブンリュークア)」。大衆的な蟹スープ麺ですが、それを3つの器に解体した構成。蓮の平鉢に入った蟹肉とトマトの水餃子は、タマリンドの爽やかな酸味とマムトムオイルの香りが広がります。続く蟹肉の揚げ春巻きは極薄の皮がパリッと崩れ、ヒカマの歯ごたえと蟹味噌ソースの濃厚さのハーモニー。

そしてメインの深小椀には、北海道産ホタテと蟹身、揚げ豆腐を合わせた熱々の蒸し卵が潜み、濃厚な蟹出汁スープとクリスピー麺が重なります。

肉料理の「Bánh Mì Bò Kho(ベトナム風牛煮込みとパン)」。庶民的なビーフシチューが、14日間熟成させたA4和牛のともばら肉と揚げパンを合わせた立体的な一品に変貌。深鉢の揚げパンの中には柔らかく煮込まれた牛ほほ肉が忍ばせてあり、それを崩すとココナッツウォーターやレモングラス、五香粉を煮詰めた赤褐色のソースがじゅわっと染み込む。炭火で焼き上げられたという和牛の脂の甘みとパンの香ばしさ、そして赤玉ねぎピクルスの酸味が一体となり、完成度の高いメインディッシュへと昇華。

コースの頂点を飾るのは、サイゴンのソウルフードである「Cơm Tấm(コムタム)」に、「Canh Bí Đao Tôm Hùm(ロブスターと冬瓜の澄ましスープ)」の組み合わせ。

白い陶器碗に盛られたご飯には、世界的な評価を受ける香り米の品種「ST25」を使用。

ニワトリの絵付けが施された陶器壺には、イベリコ豚のバラ肉、ロース肉、サラミ、そして皮目をクリスピーに焼き上げた子豚のローストが濃厚なソースとともに収められています。そして小鉄鍋には、木耳やオオシロアリタケの蒸し卵に2つのモリーユ茸(アミガサタケ)を乗せて焼き上げた副菜。寡聞にしてオオシロアリタケってなんぞ!?となったのですが、本当にシロアリの巣から発生するキノコらしい。

ご飯の上にモリーユ茸と蒸し卵を崩し、イベリコ豚のローストを乗せ、ネギ油とパイナップル入りの甘酸っぱいヌクマムを回しかけて頬張れば、日常の屋台飯にあるジャンキーな美味しさが最高峰の食材で再現されます。あと、オオシロアリタケはシャキシャキと噛み応えがあって美味でした。

合間にいただくロブスターと冬瓜のスープは、甲殻類の濃厚な出汁と冬瓜の瑞々しさが主菜の脂を上品に受け止めます。

食後はメコンデルタの果実とココナッツを主役にした多彩なデザートへと続きます。

最初に供される「Chè Hồng Xiêm(サポジラぜんざい)」。ローカルフードに詳しい人ならベトナム語の「Sapoche(サポチェ)」という呼び方の方が馴染みがあるかも。

火鍋型の陶器には生のサポジラと、カスタードアップル(釈迦頭)のかき氷。まずはサポジラをそのまま味わってから、かき氷をサポジラのブリュレや蜜芋アイス、パパイヤミルクと混ぜ合わせていただきます。サポジラの黒糖に似たコクとブリュレの組み合わせから、ちょっと濃厚すぎかな…?と思わせておいて、実は結構さっぱりとした仕上がりの一品。直前までの脂っぽさを洗い流してくれます。

続いて「Bánh Chuối Hấp(ベトナム風蒸しバナナケーキ)」。ベトナムコーヒーのフィルター「カフェ・フィン」を模した陶器に収められています。カップの中には温かいココナッツミルクソースとフォームが満たされ、蒸しバナナケーキが浮かびます。蓋の裏に添えられた発酵バナナピューレを溶かし込むと、ココナッツの甘い香りにほのかな酸味が加わり、家庭的な蒸し菓子が洗練されたデザートへ変化。

そして最後は木箱に収められた2口の小菓子。八角のスパイスを効かせた伝統的な焼き菓子「Bánh Gan(バインガン)」にはみかんジャムとヘーゼルナッツが添えられ、アヒルの卵で焼き上げた「Bánh Bông Lan Miền Nam(南部カステラ)」にはパンダンリーフのクリームとタピオカがあしらわれています。

青磁の急須から注がれるお茶とともに小菓子を口に含むと、スパイスとココナッツの甘い余韻がすっきりと収束。これにて、南北を巡る食の旅は幕を閉じたのでした。

「NÔM Dining」の店舗情報

ということで、「NÔM Dining」での約3時間にわたるコースをご紹介しました。

北部の澄んだ発酵米や酒粕の酸味から始まり、中部のシジミや魚介が織り成す繊細な出汁と宮廷技法、そして南部のココナッツや肉の脂が放つ力強い甘みと濃厚さへ至る味覚の変遷は、まさしく計算されたストーリー。中盤までの穏やかな出汁を覆すように南部のこってりとした脂のパンチが押し寄せた(中部料理までと比べて、南部料理はちょっと慌ただしいというか畳みかけるように提供されたというのもある)わけですが、その直後に温度差や果実の酸味を活かしたデザートが続いたことで重さが上手く整えられた感じです。

こちらで供される料理の原点は、ベトナムで親しまれている大衆料理。予備知識がなくても手元のパスポートと空間移動の演出によって豊かな食と歴史の厚みをまとめて体感することが出来ますが、個人的には日常の味を知っている方が楽しめるかなあ、と。親しみ深い一皿がどのように解体&再構築されているのか?という知的な面白さをぜひ楽しんでもらいたい。ベトナム料理食べつくしたぜ!という方にこそ訪れてもらいたいお店です。

ただ単に高級食材を並べるのではなくて、風土に根ざした食をガストロノミーとして昇華させた「NÔM Dining」。お店は先述の通り完全予約制、コース料金は3,680,000ドン(税・サ別)です。公式サイト(予約ページ)からの予約、または各種SNSでのお問い合わせを。

お店の名前 NÔM Dining
住   所 53 Trần Nhật Duật, Tân Định, HCMC
営 業 時 間 17:00〜23:00(月曜定休)
公式サイト Facebook Instagram

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