常に新しい熱気に満ちているホーチミン市の飲食シーン。お酒や食事を楽しむのは勿論ですが、それだけではなく歴史や文化的なバックグラウンドをテーマに落とし込んだお店の台頭も目立ちます。
本記事では、ホーチミン市における華人社会の歴史が息づく中華街・チョロンの文化を再解釈した、旧1区のコンセプトバー「SÂM Herbal Bar」をご紹介します。
「SÂM Herbal Bar」の場所・雰囲気

やって来たのは、ホーチミン市旧1区(現・タンディン街区)・チャンニャットズアット (Trần Nhật Duật) 通り。中心部からほど近く、オフィスビルなんかもありますが、基本的には昔ながらのローカルアパートや住宅が並ぶ落ち着いた通り。一方、隠れ家的なカフェやレストランも点在しており、実は散策しがいのありそうなエリアです。「クックガッククアン (Cục Gạch Quán)」の近く、と言えばわかる人も多いだろうか。

そんな中、突如として重厚な中国古典建築のファサード。こちらが「SÂM Herbal Bar」(退店後に撮影したので周囲が暗くなってます)です。ホーチミン市の中華街・チョロンの歴史的建造物を思わせるクラシカルな中華様式が特徴的。エントランス上部の木製扁額に刻まれているのは「堤岸樓」…チョロンの漢字表記ですね。

こちらの「SÂM Herbal Bar」、2026年7月にソフトオープンを迎えたばかり。バーは2階にあり、1階部分はダイニング「Dim Sum Omakase」となっていますが、そちらはまだ準備中とのこと。以前は「ORYZ Saigon」というお店で、今回新たなブランドで再出発された模様です。

ということで導かれるまま2階のバーフロアへ上がると…そこは、街の喧騒から切り離された静かな世界。間接照明とスポットライトが要所を照らす、陰影の深い空間は重厚感がありつつもどこか温かみもある。

空間の主役はこちらのバーカウンター。腰壁には中華様式の格子装飾が施されており細部まで芸コマ。深紅のベルベットクッションを合わせたハイチェアが良い差し色です。

バックバーの壁面には、人参や黄耆といった生薬名が記された、まるで漢方薬局の百味箪笥のような引き出しがびっしり。薬屋のひとりごと3期、楽しみですね(唐突)。茶器とともにボタニカル素材の瓶や蒸留器具が並び、ラボのような雰囲気もある。


テーブル席はアーチ状の壁で仕切られており、深紅のソファや染付の小壺に生けた植物、日めくりカレンダー風の卓上札など、細部までディテールが行き届きます。
「SÂM Herbal Bar」のメニュー


卓上にはメニューブックが用意されていました。チョロンの歴史を築いてきた五大華人コミュニティである五華幇―すなわち広東、潮州、海南、福建、客家の文化的なルーツを辿る構成になっています。ドリンクメニューについてはおそらく準備中?のようだったので、公式サイトをご参照のこと。
料理とドリンクは、各地域に根付く郷土料理や生薬文化を、現代のファインダイニングやミクソロジーの手法で再構築したもの。カクテルは中国茶やスパイス、発酵素材を取り入れた独創的な仕立てで、お酒を飲まない人も楽しめるよう、薬草茶をベースにしたモクテルも用意されています。
モクテルは一律22万ドン、カクテルは一律29万ドン、フードメニューは20万から60万ドン弱と、まあ安くはない。とはいえ、ドリンク類は自家製素材の仕込みなども行っているだろうし、フード類も和牛、イベリコ豚、北海道産ホタテ、銀鱈、キャビアといった原価率の高い食材が目立つ。空間の造作、コンセプトの独自性、接客サービスを含めたトータルの体験価値が評価できるものであれば受け入れられるはず…ということで、何にせよ注文。
実食

まずはお店のコンセプトを気軽に体感できるモクテルから。私がいただいたのは、左の「Cacao Juice Bia(玄露沫)」22万ドンで、レシピは「Cacao Black Tea / Lychee / Banana」とのこと。きめ細やかな白い泡と深い琥珀色の液体は一見するとクラフトビールのようですが…?

一口含むと、カカオ果肉のフルーティーな酸味が広がり、その後に紅茶の香ばしさと心地よい渋みが。ライチやバナナの柔らかな甘みが全体を丸くまとめており、発酵ならではの重層的なコクをすっきりと楽しめちゃいます。
なお、同行者は「Nước SÂM(百草露)」にトライ。レシピは「Sugarcane / Corn Silk / Pandan Leaf」。ベトナムで親しまれている伝統的な薬草茶「ヌックサム (Nước Sâm)」をアレンジしたものであり、サトウキビ甘みとトウモロコシひげの香ばしさがポイントです。

続いてはフードを。まずは「SATE BEEF COLD NOODLE(沙嗲牛肉冷麺)」24万ドン。花と鳥が手描きされた陶器鉢に胸キュン。料理の表面は繊細な白いフォームで覆われ、薄切りラディッシュと赤紫の葉が飾られたモダンな盛り付けです。


全体をよーく混ぜ合わせると、下から鮮やかなオレンジ色のサテソースと細麺が。冷たい麺料理であり、店員さんは「(日本の)そうめんみたいな感じ」と説明してくれました。サテソース+牛肉ということもありスパイシーかつリッチな味かと思いきや、具材には刻んだ大葉が入っており、旨味と麺が絡み合いつつも思った以上にさっぱりといただけました。

「CHAR SIU & LAP CHEONG PLATTER(叉焼臘腸拼盤)」38万ドン。広東料理の定番・豚バラ肉のチャーシューと、スパイスを効かせたつくねの盛り合わせです。照明に照らされた肉の表面はタレで艶やかに輝き、香ばしい焼き目が食欲をそそる。というかこのお皿の柄、めちゃくちゃ見覚えが…もしかしなくともソンベ焼きじゃな?オーソドックスながらも飽きの来ない、Kawaii絵柄です。

ジューシーな肉の脂の甘みと濃厚なタレが絡み合う一方で、添えられたピクルスが爽やかな酸味を齎(もたら)し、重たさを感じさせずに最後まで美味しくいただけます。別添えのサンバルチリ入りペーストにディップしても良し。


メインは「WAGYU BEEF TENDERLOIN SOAKED RICE(和牛泡飯)」58万ドン。潮州スタイルのスープご飯であり、和牛ヒレ肉を使った何とも贅沢な一品。スープは牛肉のフォーの出汁がベースとなっており、何ともベトナムらしいアレンジ。つまりフォー茶漬けです(一気に安っぽい響きに)。


具材が盛り付けられた土鍋にスタッフが目の前で出汁スープを注ぎ入れ、蓋をして1分間蒸らします。時間を置いた後、スタッフが手際よく全体をかき混ぜて小椀に取り分けてくれます。何とも贅沢で滋味深い締めくくりの一品でした。

食後には、目の前で作られる2種類のシグネチャーカクテルを。


「Snow Blossom(雪花號)」29万ドン。鮮やかなルビーレッドの液体の上にきめ細やかな白いフォームの乗ったデザートカクテル。竹すだれを敷いたトレイに赤と白の小花とともに供される可憐な一杯です。ハイビスカスの酸味にマンゴーのまろやかな甘みが重なり、後味には蓮茶の涼やかな香りがふわりと抜ける。濃厚な食事の後のリフレッシュにぴったり。お酒は飲みたいけど強いのは飲めない…という方にもおすすめ。


「Inkstone Void(硯池)」29万ドン。カクテル名の通りに、硯を模した黒い台座に注目。一見涼やかなガラス器をよく見ると仏典が刻まれており、細部まで世界観に拘りが。


バーテンダーが小筆を使い、金粉入りのシロップを昆布に塗り重ねてグラスの縁に添える…という、書道の所作を思わせる?ライブ感のある演出がポイント。冷酒を思わせる透明な液体ですが、実は甘めの一杯。縁の昆布はドリンクと一緒にかじることで、旨味・塩気が加わるという趣向です。
「SÂM Herbal Bar」の店舗情報

ホーチミン市旧1区のコンセプトバー「SÂM Herbal Bar」をご紹介しました。単にレトロな雰囲気を演出した…というだけではなく、チョロンの歴史や五華幇の食文化をモダンに昇華させた完成度の高いバーでした。

空間の陰影から器の選定、テーブルサイドやカウンターでの所作に至るまで、美意識とこだわりが行き届いていました。日常使いのローカル店とは一線を画すプレミアムな価格帯ですが、アッパーミドル層のローカルや外国人をターゲットとしているのであれば、受け入れられるバランスかなと。お酒を嗜む方はもちろん、ノンアルコールで特別な夜の雰囲気を楽しみたい方にもおすすめです。

