すっかり近代化が進んだタイの首都、バンコク。それでもなお、今も東京がそうであるように、高層ビルが立ち並ぶ中心街から少し離れると古い記憶を留めたまま呼吸を続けている街があります。
チャオプラヤー川沿いに位置する歴史的地区「タラートノイ(Talad Noi)」。かつて中国系移民が集まり、職人の街として栄えたエリアですが、今では古い建物とクリエイティビティが交差するユニークなスポットの一つへと進化。
本記事では、朝のお粥に始まり、歴史的な中華邸宅、そしてリノベーションカフェを巡る観光プランをご紹介。題して「タラートノイ半日さんぽ」!それでは早速参りましょう。
鉄の匂いとアートが混ざり合う路地

タラートノイ―タイ語で「小さな市場」の意。18世紀後半から19世紀にかけて、華僑の人々が定住し、商業や造船、そして金属加工の拠点として発展してきました。

この街を一歩歩けば鼻腔をくすぐるのは機械油と錆びた鉄の匂い。路地のあちこちには、中古車から取り外されたであろうエンジンパーツやスプリングなどが山のように積まれています。

これらは「シェンコン(Sieng Kong)」と呼ばれる中古部品ビジネスの拠点で、今も現役の職人たちが黙々と作業を続けていることの証左。

一方、近年は色褪せたコンクリートの壁に鮮やかなウォールアートが施され、古い長屋を改装したギャラリーやカフェが点在。歴史の重層性をそのままに新しい感性を取り入れる、その唯一無二性がタラートノイの面白さです。
50年の歴史が詰まった絶品お粥

朝8時。タラートノイさんぽは、MRTブルーライン・フアランポーン駅から始まります。

まずは朝食。創業50年を超えるお粥(ジョーク)専門店「Jae Hmoy Kia Pork Porridge(โจ๊กเจหมวยเกี้ย / ジョーク・ジェー・ムアイ・ギア)」へとやって来ました。お店の周囲は地元の人々で活気に溢れています。

こちらの特徴は、なんといってもお粥の質感。粒がなくなるまでじっくりと煮込まれたお粥は、まるでポタージュのような滑らかさ。

今回は「ピセー(特別盛り)」を注文。噛むほどに旨みが溢れる肉団子(ムーサップ)や、丁寧に下処理されたレバー、腎臓などのモツがゴロゴロと入っています。トッピングの卵を崩せば、黄身のコクが加わり、より重厚な味わいへと変化。

歩道に並べられたステンレスのテーブルに座り、味わう滋味深いお粥。派手さは無くとも、50年以上変わらぬレシピが守り続けてきた、深みのある一杯です。
歴史的邸宅とダイビングプールの融合

朝食の後はしばらく南下。スクラップが集積されたエリアを抜け、細い路地の奥へと足を進めます。

突如として現れる重厚な赤い扉。ここ「So Heng Tai Mansion(บ้านโซเฮงไถ่ / ソー・ヘン・タイ)」は、約200年前のラーマ3世時代に建てられた、バンコク屈指の歴史を誇る私邸。「鳥の巣」と呼ばれた徴税吏を務めた貴族の邸宅であり、現在は子孫により管理がされているとのこと。

建築様式は、タイと中国福建の文化が融合した「四合院」スタイル。特に2階部分は、釘を一本も使わずにチーク材だけで組み立てられているとのこと。

一方、中庭にはダイビング用の深いプールが鎮座。曰く、広大な邸宅の維持費を捻出するため、2004年からダイビングスクールを開始したとのこと。どういうことなの…。

入場料は50バーツですが、カフェとしても利用が可能。ドリンクを注文する場合、そのなかに入場料が含まれます。

使い込まれた床板の隙間から階下が見えるスリル。歩くたびにヒヤヒヤする。

明らかに物置になっているスペースもあり、適切にメンテナンスがなされているかというと…ちょっと微妙?

諸行無常を感じるか、その先に退廃美を覚えるか…この施設についてどう捉えるかはあなた次第です。

なお、外にあるドリンク&アイスクリームショップが人気(10時オープン)。徐々に日も昇ってくるので、ここで火照った身体を冷やすのも良いかと。
スクラップ置き場の先に広がる聖域

続いて訪れたのは、さらにタラートノイの奥に位置するカフェ「Mother Roaster」。

外壁はタイのアーティスト・Sahredtoyによる巨大な壁画で覆われていますが、入り口はどう見てもスクラップ置き場。薄暗い空間には錆びついたエンジンパーツや工具類が所狭しと山積みにされています。

恐る恐るスクラップの山を通り抜け、木製の階段を上り切ると…広がるのは、温もりあふれる木の空間。

長い年月を経て黒ずんだ木の床や柱、剥き出しの梁。外から差し込む柔らかな光が、歴史ある建築を優しく照らしています。

店名の由来は、70歳にして現役バリスタとしてこの店を立ち上げた「アンティー・ピム(ピムおばさん)」。カウンターには、チェンライやランパーンといったタイ北部から取り寄せられたシングルオリジンの豆が並びます。

コーヒー以外のドリンクも用意されているので、コーヒーが飲めない人も安心。こちらは濃厚な抹茶とハニーライムジュースを融合させた「Sour Garden」です。

スクラップ置き場というカオスから、木の聖域へと至るドラマチックな体験は、この店ならではの醍醐味なのでした。
アンティークが織り成すリバーサイドの叙事詩

散歩の締めくくりとして、チャオプラヤー川沿いに位置するカフェ・レストラン「Hong Sieng Kong(ฮงเซียงกง)」でランチをいただきます。

ここは単なるリノベーションカフェの枠を超え、200年以上の歴史を持つ倉庫や中華風住宅を含む計6棟の建物を修復・再生した、巨大なコンプレックスとなっています。

コバルトブルーの壁を通り抜け中へ入ると…まるで私設の美術館。高い天井にむき出しの梁が走るインダストリアルとアンティークが融合した空間、建物と一体化した巨大な木の根…等々、自然と人工物が溶け合う空間です。

テラス席へ出ると、目の前にはチャオプラヤー川の雄大な流れ。行き交う貨物船や観光船を眺めながら過ごすひとときは、バンコクの熱気を忘れさせてくれそう…いや、やっぱ暑いわ。夕暮れ時であれば、風が気持ち良いかもしれません。

こちらでは「Panaeng Chicken Curry with Rice(パネンチキンカレー)」をいただきました。業態としてはカフェみたいなのですが、メニューを見ると食事(タイ料理・洋食)も充実しています。
記憶と再生が交差する街を歩こう
タラートノイにあるのは、単なる古い街ではなく、過去の記憶を抱えつつも軽やかに形を変えて生きる街の姿。
バンコクを訪れた際は華やかな中心部を少し離れ、タラートノイの路地裏を歩いてみてはいかがでしょう。まだあなたの知らない、でもどこか懐かしいタイの姿に出会えるかもしれませんよっ!
なお、月曜定休のお店や施設が多いようなので、訪問のタイミングにはお気をつけくだされ。

