ホーチミン市で「カフェアパートメント(カフェアパート)」と聞いて真っ先に思い浮かぶのはどこでしょう?

おそらく殆どの人が、グエンフエ通りの歩行者天国に面した「42 Nguyễn Huệ」を連想するはず。確かに、広場から見上げる煌びやかなファサードは間違いなくサイゴンのアイコンであり、一度は訪れるべき場所です。
しかーし!もし貴方が「作られた観光地」よりも「都市の素顔」を覗いてみたいと思うタイプなら、足を踏み入れるべきはそこではありませぬ。
そんな天邪鬼な皆さんのために、本記事では「じゃない方」とでも言うべき、もうひとつのカフェアパート―「Chung Cư 14 Tôn Thất Đạm(トンタットダム14番地アパート)」をご紹介します。
一見すると取り壊し寸前の廃墟、しかしひとたびその暗闇に潜れば、そこは感性爆発必至の迷宮です。本物の「ベトナム・レトロ」の空気を吸い込む、そんなディープな探検へご案内しちゃうわよッ!
金融街そばに残されたエアポケット

やって来ました、サイゴン街区(旧1区)・トンタットダム (Tôn Thất Đạm) 通り。証券会社や銀行の本店が立ち並ぶ、まさに「サイゴンのウォール街」。

こちらはフランス植民地時代から続く重厚なコロニアル建築であるベトナム国家銀行。圧倒的なベージュ色の列柱や装飾が美しく、ウェディングフォトの撮影光景を見ることもしばしば。まさしく洗練された「ハレ」の空気が流れます。

そんな華やかな銀行からくるりと背を向けると…煤けたコンクリートの壁、不規則に増築された鉄格子のバルコニー、外壁を這う無数の電線。ベトナムにおける「生活感」を煮詰めたような強烈空間が眼前に現れるのだった。

こちらが今回ご紹介する「Chung Cư 14 Tôn Thất Đạm(トンタットダム14番地アパート)」。道を一本挟んだだけで、これほどのギャップ。信用と秩序の権化のような存在とのコントラストこそが、この場所の面白さです。
「闇」とグラフィティの回廊

ということで、屋台の脇をすり抜けて建物の中に入っていきましょう。

外の喧騒がすっ、と遮断され、そこにあるのは薄暗く、少しひんやりとしながらもどこかウェット感のある空気が漂うコンクリート空間。ウォン・カーウァイの「花様年華」の世界かなにか?

入居しているカフェやショップが掲げた看板があちこちにあります。手書きの看板が多く、味がある。

そして、それらの隙間を埋めるように描かれた無数のグラフィティ。

壁に刻まれた極彩色のスプレーアートは、この古びた建物が単なる遺産ではなく表現の場であることを物語る。

剥がれ落ちた塗装と鮮やかなアートのコントラストが生み出すのは、正統派ではないオルタナティブな美しさ。滅びゆくものからしか得られない栄養がありますわね。

なお、エレベーターはありません。バリアフリー…なにそれおいしいの?その不便ささえも探検の一部ということで何卒。

階段を登る途中、ふと足を止めて窓の外を見てみるのも一興。装飾のない無骨なコンクリートの窓枠が果たすのは、外の世界を切り取る額縁の役割。

フレームの向こうには…特級呪物「IFC One Saigon(旧:Saigon M&C Tower)」の姿。
市内有数の高級ホテル・アパートメント複合施設として2011年に完成する予定でしたが、突然の工事中止後、差し押さえを経て今に至ります。一応、2021年に現在の投資主に変わったのですが、完成の見込みはナシ…という、いわく付き高層ビル。

眼下を見下ろせば、トタン屋根とステンレスの給水タンクがひしめき合う、昔ながらの街並みと中庭の生活感。
隠れ家を探してWalk-in

このアパートには、個性的なカフェやセレクトショップが各階に点在しています。
最上階のモダンなオアシス「MAKE ROOM CAFÉ」

息を切らして最上階まで登り詰めると…薄暗い廊下の奥に、赤いロゴがぼんやりと浮かび上がっていたのだった。

こちらはホーチミン市内で既に2店舗を展開している人気カフェ「MAKE ROOM」の新店舗。

内装は他店舗と同様のコンセプト。木の温もりを感じるミッドセンチュリー調の家具が配置され、アートブックやレコードがセンス良く飾られています。

ロフト席もあり、まさに自分だけの「ROOM」を見つけたような居心地の良さ。

特等席はこのテラス席。

向かいにあるベトナム国家銀行の荘厳な屋根や列柱を、同じ目線で眺めることができちゃう。下から見上げることの多い歴史的建造物を、コーヒー片手に横から愛でるなんて、この場所ならではの贅沢体験ネッ。
緑とヴィンテージの隠れ家「Whisfee Café」

MAKE ROOMが「光とモダン」なら、こちらは「影とヴィンテージ」。

店名の通り、ウィスキー(Whisky)とコーヒー(Coffee)が楽しめるこのお店は、重厚な革張りのソファやアンティークな小物が並ぶ、オトナな雰囲気。

少し落とされた照明の中でデッサン画やギターを眺めていると、ここがホーチミンの中心部であることを忘れてしまいそう。

おすすめは、植物に覆われた窓辺の席。窓枠いっぱいに生い茂るモンステラやポトスの緑の隙間から、国家銀行の白い列柱がチラリと見える構図は、どこか幻想的で、物語の中にいるような気分。
まとめ。今しかできない体験?

「Chung Cư 14 Tôn Thất Đạm(トンタットダム14番地アパート)」をご紹介しました。静かで、少し薄暗く、ローカル感が強いこちらのスポット。ホーチミン市観光に「ハズシ」を加えたい貴方に最適です。
訪問の際の注意点としては、以下の通り。
- エレベーターはありません
- 夜になるとかなり暗くなりそう。光のコントラストを楽しむなら、午前中〜夕方の訪問を
- カフェが入居しているとはいえ、現地の住民も生活している場です。廊下は静かに通行しましょう
再開発の波が激しいホーチミン市において、このような古いアパートは、いつ取り壊されてもおかしくありません。
金融街の真ん中で、奇跡的に残されたタイムカプセル。「新旧」「日常・非日常」が混ざり合う独特の空気は、今この瞬間だけ!ぜひふらりと立ち寄って、その階段を登ってみてください。

