ここ数年で選択肢が一気に広がった、ホーチミン市でのおまかせ寿司シーン。
ベトナムに限った話ではないですが、「OMAKASE」が本来の「お任せ」に込められた意味や背景から独立し、プレミアムな高級コースメニューを指すようになっている昨今だからこそ、技術や食材に真摯に向き合うお店を選びたいところ。
そんな折、ひとつ興味深いおまかせ寿司店が誕生しました。話を聞くと、台湾と日本の有名店で腕を磨いてきた職人がカウンターに立つとのこと。記事執筆時点では試験営業中とのことで、お邪魔してきましたよ。
本記事では、ホーチミン市旧1区の寿司店「YUI OMAKASE」をご紹介します。
「Yui Omakase」の場所・外観

やって来ました、ホーチミン市旧1区(現・サイゴン街区)ホアンサ (Hoàng Sa) 通り。ソヴィエトゲティン通りに至る橋を渡る手前のところですね。中心部からそう離れていないながらも緑豊かな街路樹が続き、ローカルの日常と感度の高いお店がほどよく同居。

ということでこちらが「YUI OMAKASE」。なんだか見覚えがあるな…と思っていたのですが、以前高級茶芸館として営業していた「Tea Omakase Fufu」の建物をそのまま引き継いでいるのだった。
てっきり同じ経営母体なのかと思いきや、ビジネスを買い取りこちらの寿司店を開業された模様です。GoogleマップのレビューやSNSに以前のお店の痕跡が見られますが、それらアカウントの譲渡も含まれていたのでしょう。ベトナムだとよくある。
茶芸空間で味覚を研ぎ澄ます

扉を開けると、そこには喧騒から完全に遮断された静謐な空間。こちらのフロアも、以前の「Tea Omakase Fufu」の内装をそのまま使用しているとのこと。

中央には白磁の大壺にダイナミックに生けられた枝木が据えられ、壁面には升目棚が整然と並び、茶葉の紙袋…ではなく米袋が収められていました。

さて、「YUI OMAKASE」のディナーは、この1階の黒塗りカウンターからスタート。茶道具を前にスタッフが丁寧に淹れてくれるノンカフェインのお茶をいただきながら、まずは食事前の胃と心を落ち着かせる。

ここで運ばれてきたのは、小さなガラス器に注がれた一番だしと、織部風の小皿に盛られた一口分のシャリ。一番だしは、北海道産の昆布と鹿児島県産の鰹節がベースとなっており塩や酒などは当然不使用。角のない純粋な旨味がじんわりと広がり、味覚が静かに目覚めていくのを感じます。
そして米だけで供される新潟県産米のシャリ。口に運んだ瞬間、はっきりとした輪郭のある酸味が舌を刺激。米粒の弾力を残した炊き加減で、噛み締めるほどに米の甘みと酢のキレが拮抗。席に着く前に、シャリの骨格を直に味わわせるアプローチとなっておりますよ。
2階のカウンターへ移動&職人ご紹介

そして次はいよいよ2階のメインカウンターへ。白木の滑らかなカウンターと黒い石材の作業台が調和するフロアは、わずか8席のみの贅沢な設(しつら)え。天井の間接照明が手元を照らし、職人の所作に自然と視線が集まるまるで劇場のような空間です。

付け台には素朴な焼き締め風の陶器皿。ネコチャン型でKawaii。


手元には指拭き。箸を使わず手でつまんで食べる江戸前の粋なスタイルですね。添えられたガリは薄切りではなく角切りで、シャキシャキとした歯ごたえが心地よい。

板場を預かるのは、台湾出身の寿司職人であるKaiさん。台湾の「鮨二七」(現在は台北に店舗あり)で10年以上、その後は日本へ渡り富山のミシュラン1つ星店「鮨し人(現:大工町 鮨人 はなれ)」で1年間寿司を握り続けた経歴をお持ちです。
そろそろ自分の店を持ちたいな、と考えていた折、あれよあれよと話が進みベトナムで寿司を握ることになったのだそうで。ベトナムの寿司シーンの可能性や現地食材の質の高さに驚いた…ということをめっちゃ流暢な日本語でお話しいただきました。
コースの実食
コースは、350万ドンの「Au」と、500万ドンの「Au no Oku」の2種類が用意されており、今回は350万ドンのコースをいただきました。

さて、伝統的な江戸前寿司では、最初につまみを一通り出してから後半に握りへ移行する二段構成が一般的と聞きます。一方、「YUI OMAKASE」の流れは、つまみと握りを交互に織り交ぜながら、温度や酸味の質を切り替えていくダイナミックな構成。

まずは導入として「マンゴスチンと蓴菜の西瓜土佐酢」。日本の夏の風物詩・蓴菜(じゅんさい)とマンゴスチンに、スイカ果汁を加えた土佐酢を合わせた一皿。初っ端から予想だにしなかった一品…!出汁の旨味とともに全体をまとめ、紫蘇の花が爽やかに香ります。つるりとした蓴菜の喉越しにマンゴスチンの甘みが重なり、味覚をすっきりとリフレッシュ。少し七味が強い気もしましたが、食欲を増進させる意図もあるのかな。
併せて提供された「焼き胡麻豆腐」のコクと本山葵の辛味、そして「新銀杏の塩焼き」のほろ苦さで温度のコントラスト。

そして、名刺代わりと言わんばかりに供された一貫目の握りが「中トロ 19日熟成」。…え、最初からクライマックス!?
通常であれば淡白な白身や光り物から始まりそうなところ、いきなり熟成中トロ。客が空腹で味覚が研ぎ澄まされているタイミングで投入、という点で明確な意図を感じます。アミノ酸が極限まで凝縮した、マグロの濃厚な脂がたまらん…。
なお、1階で味わった通り、シャリは酸味がかなり効いたもの。江戸前寿司の特徴の一つではあるものの、ベトナム人客の約6割から「酸っぱい」と言われるそうですが、ここは妥協しないとのこと。実際、ネタと合わさると酸のキレがぐっと旨味を引き上げてくれるので、計算された結果ということでしょう。


その後はお造りの「天然真鯛のお造り 煎り酒仕立て」が登場。梅干しを煮詰めた伝統の煎り酒に魚醤を隠し味として忍ばせており、白身魚の上品な甘みを重層的なアミノ酸が押し広げUMAMIが爆発。

羽釜から飯台へ湯気を立てるご飯が移され、客の目の前で切り立てのシャリが仕上げられます。

「アオリイカ」。シャリの底面に、すりおろした青い和柑橘(かぼす?)をこすりつけるという手法が取られています。柑橘の鮮烈な香りと酸味がシャリから立ち上がり、イカのねっとりとした甘みを引き立てます。

口内に脂と甘みが乗ったところで、温かい「キジハタのしゃぶしゃぶ」が登場。さっと熱を通した白身の弾力に、自家製だというポン酢の酸味、粗削りの鬼おろし&香味野菜。冷たい寿司が続いて鈍りがちになる舌をここで一度リセットする構成ですね。


再び握りに戻り、皮目の脂が引き立つ「金目鯛」、そして手渡しされる「鯖寿司」へと続きます。青魚特有の強い脂に対し、芯のある酸味のシャリが真っ向から拮抗。あと、海苔がパリッッッとしており歯切れがよいのが印象的でした。


ベトナムのシーフードと言えば種類豊富な貝。ということで、中盤には鮮やかな貝をふんだんに使った「地元産貝類の餡かけ茶碗蒸し」が登場。続くのが香ばしく焼き上げた「太刀魚の塩焼き」と、温かい皿が連続します。出汁の滋味とあっさりした焼き魚で胃を落ち着かせる配慮でしょうか。


クライマックスは江戸前の王道と意外性の共演!「漬けマグロ」、「大トロ」と濃密なネタが立て続けに繰り出されます。マグロ二連発の満足感がスゴイ。


そして「ムラサキウニ」。盛りすぎでは!?(歓喜)上品で繊細な甘みが口いっぱいに広がります。

そこへ続く「対馬産穴子」。ふっくら炊き上げた穴子に対し、アオリイカと同様にシャリへ柑橘をまとわせる工夫がされています。甘辛い煮詰めの重さがあるかと思いきや、柑橘の香気ですっきりと流せちゃう。


そして巻き物として登場したのが「生牡蠣と鮮魚の海鮮巻き」。なんと、太巻きに大粒の生牡蠣を巻き込むという大胆な仕立てはコース終盤のサプライズです。

一口で頬張ると、海苔の香ばしさに続いて生牡蠣が口いっぱいに弾け、数種の魚の旨味と合わさりこれはもう圧倒的な満足感。強い水分と個性がありますが、そこは酸の利いたシャリが見事に束ねます。

デザート前の「玉子焼き」。まるでテリーヌのような滑らか・緻密な質感!優しい甘みが広がります。


締めくくりには、金彩の漆器椀で「味噌汁」が供されました。澄まし仕立ての味噌汁ではなく、表面に膜が張るほどのどろり濃厚な仕上がりであり、魚のアラから出汁を抽出したと思われる骨太な旨味を感じます。Kaiさんが寿司を握っていた富山の「鮨し人」は、魚のアラを48時間以上に煮だして作る「魚のエスプレッソ」と呼ばれるスープで知られているそうなので、その技法を踏襲されたのかも。


そして最後は甘味。板場の卓上コンロと行平鍋が用意され、客の目の前で練り上げる「手作り葛餅」の実演が始まりました。筋肉痛不可避…!

飴色に透き通った出来立ての葛餅をきな粉の上に落とし、手早く切り分け。点てたての抹茶とともにいただきます。温かくぷるぷるとした葛餅の優しい甘みと抹茶のほろ苦さがコースの余韻を静かにまとめてくれます。

なお今回は特別に、上位の500万ドンのコースで提供されているエゾバフンウニも一口味見させていただいちゃいました。コース内でいただいたムラサキウニも美味でしたが、バフンウニは舌の上でとろけた瞬間のコクと甘みが段違い!思わず失神しそうな力強さであった。
ホーチミンでは希少!?やま幸の本鮪
コースが終わった後、Kaiさんが「面白いものがあります!」と見せてくれたものが。厨房の奥からカウンターへと運ばれてきたのは…。

じゃーん、巨大な本鮪のサクです!でっっっっっか。


アメリカのボストン沖で揚がった161.4キログラムと254.0キログラムという魚体サイズ。そして、豊洲市場の鮪専門仲卸「やま幸」から「YUI OMAKASE」宛ての納品札。

「やま幸」といえば日本のトップクラスの鮨店がこぞって仕入れ、初競りでも名を馳せる日本最高峰の鮪仲卸。Kaiさん曰く、現在ホーチミン市内でやま幸の鮪を仕入れることができている日本食店は「YUI OMAKASE」を含めてわずかだそうな。
「YUI OMAKASE」の店舗情報
「YUI OMAKASE」をご紹介しました。
店名であるYuiは、日本語の「結び」に由来し、人との縁やつながりを意味しているそう。前身の茶芸館の空間美を引き継ぎ、日本の伝統技術とベトナム現地の恵みを結びつける―ホーチミンの寿司カルチャーに新しい風を吹き込んでくれそうです。
予約は現在、公式InstagramのDMから受け付けています。静かな運河沿いで過ごす贅沢な体験として、訪れてみてください。

