多様な食文化が交差するホーチミン市において、常に独自の食の進化を続けるタオディエンエリア。ビストロをはじめ本格的な各国料理店が立ち並び、日本食に関しても多彩な選択肢が存在します。
そんな、一見成熟しきった環境の中において、華美な演出や過度な創作に頼ることなく素材本来の美味しさと職人の手仕事を届けようとしている日本食レストランが。
本記事では、ホーチミン市の外国人駐在員ハブ・タオディエンエリアに位置する日本食店「YUKIMI(幸味)」をご紹介します。
「YUKIMI」の場所・外観

やって来ました、ホーチミン市旧2区・タオディエンエリアのクオックフーン (Quốc Hương) 通り。周辺はモダンな高層コンドミニアムやガラス張りの商業ビルが建ち並ぶ一方で街路樹の緑と行き交うバイクの喧騒が混ざり合う活気に満ちた光景。ローカルな風情と国際的な要素が境目なく溶け合っているのがタオディエンです。

「YUKIMI」はそんな街並みの中に位置。黒を基調としたマットな外壁に、落ち着いた山吹色の木製看板が静かに掲げられています。表通りの喧騒からふっと切り離されたような落ち着きがありますね。
「YUKIMI」の内装・雰囲気

店内はカウンター席を中心としたフロアと、テーブル席が並ぶ上階フロアの2フロアで構成されています。一人や二人で板さんの丁寧な所作を眺めながら静かにグラスを傾ける時間にも、グループで料理を囲んで語り合う時間にも適したレイアウトとなっていますよ。
こちらのお店を手がけるのが、若きベトナム人大将・トアンさん。少し会話をさせていただく機会もあったのですが、「ベトナム人向けに」「日本人向けに」といったことは考えず、「これこそが自身の考える日本食だ」と思うものを信念を持って提供されています。その正しさを証明するかのように、多国籍なお客が次々にお店を訪れていました。

さて、今回案内いただいたのは上階。無垢材を取り入れた温かみのあるトーンが広がります。壁面を覆う木製ブロックの立体的なレリーフが印象的で、和の質感を保ちながらもモダンな陰影を空間に齎(もたら)していました。過度な装飾に頼らない、オトナな居心地の良さがしっかりと確保されている。
「YUKIMI」のメニュー






「YUKIMI」のメニューをご紹介。構成の中で際立っているのは、素材への真摯な向き合い方と、それを支える調味料への深いこだわりでした。


メニューには自家製醤油についての解説が1ページ割かれているのですが、複数の高級醤油を独自にブレンドし、秘伝の製法を用いて数日間じっくりと熟成させたタレを使用しているとのこと。刺身には魚の風味をまっすぐに際立たせる濃厚なタイプを、寿司には後味の軽やかな調和のとれたタイプと、用途に合わせて明確に作り分けられています。また、シャリには北海道産の米を用い、人肌の温かさで握ることを信条としているそうな。

看板料理のサラダに煎り酒(醤油普及以前の伝統調味料)を取り入れるなど、日本の古い食文化の知恵を組み込む試みも。


酒類も充実しており、獺祭や鍋島、みむろ杉といった定評ある地酒が並ぶほか、ベトナム国内で醸造されている新世代のクラフトSAKEである「MÙA」もラインナップ。定番の純米酒のみならず、パイナップルと唐辛子を利かせたフレーバーSAKEなども用意。どの料理と合わせるかを考えると楽しいですね。
実食

まずはドリンク。「Kombucha Mango Kiwi(マンゴーキウイコンブチャ)」85,000ドン。マンゴーの柔らかな甘みとキウイの酸味が発酵による微炭酸とともに広がり、脂の乗った魚を味わった後も舌の上をすっきりと整えてくれます。

「刺身 三種盛り」310,000ドン。土ものの力強い大皿に、サーモン、本マグロ赤身、そしてハタが角を立てて盛り付けられています。うちゅくしい…!!

ここで、刺身専用の自家製醤油が最初の小皿としてサーブされます。数日間熟成されたというこちらの醤油、角の取れた深いコクと重厚な旨味を持ち、脂の乗った魚の風味をしっかりと受け止める力強さがあります。

本マグロの赤身は深紅のグラデーションが鮮やかで、筋っぽさは無く舌に吸い付くような食感。厚切りのサーモンはきめ細やかな脂の甘みが心地よく、淡い桜色をしたハタは引き締まった歯応えと噛むほどに染み出す上品な旨味…。専用の刺身醤油により、魚本来の瑞々しさと甘みがよりくっきりと輪郭を現しました。
あと、わさびとガリも一緒にサーブされるのですが、これも美味いんだ…。わさびはツンとする感じが無く香りが楽しめ、ガリも甘すぎず酸っぱすぎず&心地よいシャキシャキ食感でいくらでも食べられてしまう。

続いて「たこわかめ」120,000ドン。染付の輪花皿に盛られたたことわかめの上にあしらわれているのは、琥珀色に輝く出汁ジュレ!液体の出汁酢と違い旨味を余すところなく具材に絡みます。たこの弾力ときゅうりの軽快な歯触りが心地よく、まろやかな酸味が食欲を心地よく刺激する。

「イカの梅和え」160,000ドン。透かし彫りが施された小鉢に盛られ、極細の切り込みを入れたイカに梅肉、いくら、きゅうり、そして可憐な白いエディブルフラワーが。
口に含むと、丁寧な包丁仕事によって引き出されたイカのねっとりとした濃い甘みが広がり、そこに梅干しならではのキリッとした塩気と酸味が重なります。時折弾けるいくらがイカの旨味を立体的に引き立てていますよ。しれっと下に敷かれていますが、白髪ねぎのように芸術的に細くカットされたきゅうりも見逃せない。

「甘鯛のフライ」。こちら、和食の伝統的な技法・松笠揚げで仕立てられており、皮目の細かな鱗を逆立て高温の油でカリカリに揚げられています。

箸を入れると心地よい破裂音が響き、サクサクとした鱗の香ばしさと、甘鯛のしっとりとした身との対比が鮮烈。下には卵の質感を粗めに残したタルタルソースが敷かれており、親しみやすい一皿へと仕上がっています。鱗の軽快なテクスチャーとコク深いタルタルが意外にも合うのです。

肉料理「ローストビーフ 甘味噌」199,000ドン。クラシカルな染付皿の中央に、しっとりと火入れされた薄切りローストビーフが…美しい。皿の底に張られているのは、これまた秘伝の製法で熟成させたという甘味噌だれ。

しなやかな赤身肉を箸で持ち上げ、たっぷりとタレを絡めて口に運ぶと…うーん、タマランチ会長。添えられたマスタードが後味を心地よく引き締め、ビールはもちろんのこと、純米酒やクラフトサケとも合わせたくなる深い味わいですよ。
ちなみに添えられているのは「アイスプラント」。水滴をまとったかのような見た目で、しゃくしゃくとした食感と薄い塩味が特徴の野菜です。日本では大きなスーパーで稀に見かける気がしますが、ベトナムでも手に入るのね!?

日替わりの特選ネタで構成された寿司5貫をいただきました。沖縄の陶器・やちむんを思わせる絵柄の皿に、本マグロ赤身、柚子胡椒を添えた白身の青魚、包丁が入った中トロ、柑橘の皮をすりおろした白身魚、そしてサーモンが整然と並ぶ。

そしてこのタイミングで、先ほどの刺身用とは異なる2つ目の小皿として寿司専用の醤油が新たにサーブ。こちらはみりんの風味がふわりと香る、まろやかで甘めの仕立てになっています。

シャリはほんのりと温かく、口に含んだ瞬間にほろりとほどけてネタの脂と溶け合います。甘めの醤油を少しつけると、中トロの豊かなサシや、柑橘の香りを纏った白身の繊細さと見事に調和。米の甘みとネタの鮮度を静かに支えていました。同じ魚料理であっても、刺身と寿司とで調味料の設計を変え、提供のタイミングまで分ける真摯な姿勢に脱帽!
「YUKIMI」の店舗情報

タオディエンエリアの日本食レストラン「YUKIMI」をご紹介しました。素材本来の美味しさを届ける姿勢、日本食に対し日本人以上に真摯な向き合い方をされているのでは!?
2種の自家製醤油や丁寧な包丁仕事など、細部に宿る手仕事の確かさが印象に残りました。いやもう、全てが繊細で美味しかった…まさしく店名の通り「幸せの味」でございました。
ちなみに、金・土・日はランチ営業もされているとのこと。ランチメニューは2種類(海鮮丼とローストビーフ丼)に絞って提供されているそうです。ランチならふらっと立ち寄りやすそうですね。私も今度はランチタイムに行ってみよう…。
なお、店主のトアンさんは日本語対応可能。お店の予約はInstagramのDMなどからどうぞ。

