歴史とモダンな文化が融合する、台湾第三の都市・高雄にやって来ました。
港に面した「哈瑪星(ハマセン)」エリアは、20世紀初頭に日本の手で築かれた近代的な港町で、今もなお日本統治時代の面影を色濃く残す建物が点在しています。
中には、古い建物をリノベーションした趣のあるカフェも存在し、今回紹介するお店もその一つ。本記事では、日本統治時代から100年以上の時を刻んできた建物が丸ごとカフェになった「書店喫茶 一二三亭」をご紹介します。
「書店喫茶 一二三亭」の場所・外観

MRT橙線・哈瑪星駅へとやって来ました。2025年より、西子湾駅から改称されています。

「哈瑪星(ハマセン)」という特徴的な地名は、日本統治時代に高雄港から貨物を運んでいた鉄道の愛称「浜線(はません)」に由来します。ここは高雄で最初に近代的な都市開発が行われた場所で、当時の政治、経済、文化の中心地として大いに栄えました。

今でもエリア内には、かつての面影を残す赤レンガの建物や洋館が点在し、ノスタルジックな雰囲気に包まれています。そんな歴史散策が楽しい哈瑪星の一角に、カフェは静かに佇んでいます。

派手な装飾のない、無骨なコンクリートの壁。入り口に掛けられた大きな白い暖簾が「書店喫茶 一二三亭」の目印です。

入り口横の壁に目をやると、一枚の大きな古い白黒写真。…が、よく見ると中央に立つ人物だけがぽっかりと切り取られているという、ワケありげでセンセーショナルな写真なのです。どうも、この写真が発見された時点で中央は既に切り取られていたとのこと。そんなミステリアスな仕掛けが入店前からあり、油断ならない。

暖簾をくぐると、目の前には2階へと続く少しひんやりとした石造りの階段が。上っていきましょう。
「書店喫茶 一二三亭」、その歴史

さて、入り口に到着。この建物の歴史は、日本統治時代の1914年にまで遡ります。

当初は日本人によって「一二三亭」という料亭として創業。1920年には増築され、芸者を抱えるほどの高雄でも有数の高級料亭として名を馳せました。その後、1942年には「みなと旅館」と名を変えますが、第二次世界大戦の空襲によって大きな被害を受けます。

幸いにも建物は倒壊を免れ、戦後は船荷を扱う会社の事務所として使われていました。しかし、時代の流れとともに建物の老朽化が進み、2012年、駐車場建設のために取り壊されることが決まります。

その決定に対し、地元の文化人や有志たちが反対運動を行いました。その中心となったのがこちらの「打狗文史再興會社」というNGO団体。結果、取り壊しは奇跡的に中止に。
そして2013年、創業当時の屋号を冠した「書店喫茶 一二三亭」として、新たな命を吹き込まれたのでした。

店内は広々としており、日本統治時代の面影と台湾のレトロな雰囲気が融合しています。天井を見上げれば、建物を支えてきた立派な梁がむき出しになっており、歴史の重みを感じさせる。

床は、昔ながらのテラゾー仕上げ。ダークブラウンで統一された木製のテーブルや椅子が、落ち着いた空間に調和していますね。

そして、その名の通り、壁一面には大きな本棚がずらり。文学、歴史、アート、そして日本の書籍も数多く並んでいます。誰かのプライベートな書斎に招かれたかのような気分。

大きな窓には和紙のような風合いのブラインドがかかっており、そこから差し込む太陽の光が、店内を優しく包み込みます。
「書店喫茶一二三亭」のメニュー

カウンターで先に注文と会計を済ませましょう。

手渡されるオーダーシートに、備え付けの可愛らしい赤鉛筆で希望の商品の数量を記入し、カウンターへ持って行きます。

メニューは、コーヒー、台湾茶、食事、デザートと充実。
ドリンクは、定番のアメリカ―ノやラテのほか、一杯ずつ丁寧に淹れるハンドドリップコーヒーも。お茶のメニューには「蜜香紅茶」や「文焙烏龍」といった台湾茶が並び、台湾らしさを感じることができます。
食事メニューも本格的で、「黒咖哩雞肉(チキンカレー)」や「紅酒燉牛肉(ビーフブルギニョン)」など、お腹を満たせそうな洋食が中心。ご飯かおうどんかを選択くださいまし。
魅力的なのが、台湾のお茶を使ったオリジナルのデザートです。「台灣18號紅茶乳若(台湾紅茶のロールケーキ)」や、「松柏嶺烏龍茶珍珠白玉煎餅(烏龍茶とタピオカのパンケーキ)」などなど。
…まあ、私が訪れた日は、ほぼ全てのスイーツが売り切れだったのだけど。
実食。雰囲気が良いだけじゃない!

唯一注文できたデザートメニューが、こちらの「岡山小農蜂蜜冰淇淋煎餅(岡山産はちみつとバニラアイスのパンケーキ)」。「岡山」とは、大都会岡山…ではなく、はちみつの名産地として知られる高雄の「岡山(ガンシャン)区」のこと。価格は280元です。

こんがりと綺麗な焼き色がついた厚焼きのパンケーキが3枚、美しく重ねられています。トップには四角いバターが乗せられ、熱でゆっくりと溶け出し、はちみつと共にパンケーキの表面を艶めかしく濡らす。横にはバニラアイスが2スクープ添えられており、ボリュームも満点!

いやあ、こういう喫茶店スタイルのパンケーキ、久々だなあ。きめ細かい「ふわっしゅわっ」な食感、これですよこれ。

生地そのものは卵の優しい風味が主体で、甘さは控えめ。それによりトッピングが際立ちます。はちみつが濃厚なバニラアイスとバターの塩気と絡み合い、口の中はまさに至福。

飲み物は「黑咖啡(ブラックコーヒー)」130元。深煎りのコクと苦味を感じますが、後味はすっきりとしていてクリア。パンケーキと合う〜。

こちらはご参考までに、2年前に訪れた際に食べた「紅酒燉牛肉+飯(牛肉の赤ワイン煮込みご飯)」。現在の価格は340元です。
大きな牛肉の塊がゴロゴロと入っており、それがスプーンで簡単にほぐれてしまうほど、トロッットロに煮込まれています。赤ワインの風味が効いた濃厚なソースは本格的な味わい。
いやはや、めしがうまい喫茶店は推せます。平井の「MIKADO」、なんで閉店してもうたんや…(突然の江戸川区トーク)。
「書店喫茶 一二三亭」の店舗情報

「書店喫茶 一二三亭」をご紹介しました。ただお洒落なだけの古民家カフェではなく、高雄という街が歩んできた100年以上の歴史と、その記憶を未来へ紡ごうとする人々の想いが詰まっているお店でしたね。
ドアを開くのではなく、暖簾をくぐり階段を上るというアプローチ。壁に飾られた、まるで失われた時は戻らないことを示唆するような、そんな謎の残る古い写真。そして、本に囲まれた静謐な空間。そのすべてが、私たちを日常から切り離し、物語の世界へと誘います。
歴史が好きな方、建築が好きな方、コーヒーやスイーツを味わいたい方。すべての人にオススメ。